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千葉地方裁判所 昭和57年(行ウ)12号 判決 1985年4月24日

福島県東白川郡棚倉町大字寺山字亀崎五番地

原告

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

春日寛

右同

井花久守

東京都千代田区大手町一丁目三番二号

被告

東京国税局収税官史

大蔵事務官

岩澤正

右指定代理人

有本恒夫

右同

寺島健

右同

松本克己

右同

工藤聡

右同

岩原良夫

右同

吉田克己

右同

左近堅次

右同

諸星武

右同

外崎和彦

右同

岩井明広

右同

那須恒雄

主文

一  本件訴えのうち、松戸税務署収税官史大蔵事務官田中敏英が原告に対してした別紙第一差押目録記載の日時、場所における同目録記載の物件に対する差押処分の無効確認を求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  松戸税務署収税官史大蔵事務官田中敏英が原告に対してした別紙第一及び第二差押目録記載の日時、場所における同目録記載の物件に対する各差押処分並びに同税務署収税官史大蔵事務官山崎好男が原告に対してした別紙第三差押目録記載の日時、場所における同目録記載の物件に対する差押処分は、いずれも無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁及び請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  松戸税務署収税官史大蔵事務官田中敏英は別紙第一及び第二差押目録記載の日時、場所において、まだ同山崎好男は別紙第三差押目録記載の日時、場所において、原告が酒税法九条一項の規定による免許を受けないで酒類の販売をしたという同条項違反の嫌疑により、国税犯則取締法二条一項の規定に基づき、それぞれ原告の所有又は所持及び所有に属する別紙第一ないし第三差押目録記載の各物件を差し押えた。

2  別紙第一差押目録記載の差押(以下「第一次差押処分」という。)にかかる同目録記載の差押物件(以下「第一次差押物件」という。)は昭和五六年一〇月二〇日に、別紙第二及び第三差押目録記載の差押(以下「第二次差押処分」という。)にかかる右各目録記載の差押物件(以下「第二次差押物件」という。)は同年一二月一六日に、いずれも国税犯則取締法一一条四項の規定に基づく「証憑」の「引継」の手続により、松戸税務署収税官吏から被告に引き継がれた。

3(一)  販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければ酒類の販売業をすることができないとする酒税法九条一項の規定は、以下に述べるとおり、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反するものであるから、酒税法九条一項違反の嫌疑によりなされた第一次及び第二次各差押処分は当然無効である。

(二)  酒税法九条及び一〇条に規定する営業の許可制度は、単に職業活動の内容、態様に対する規制にとどまらず、狭義の職業選択に属する職業の開始そのものを直接制約する最も徹底した職業選択の自由に対する規制にほかならないから、これを合憲と認めるためには強い合理的根拠が存在しなければならない。

営業の許可制が合憲であるとして是認されるためには、第一に規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立することの三要件がすべて充足されなければならない(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決、刑集二六巻九号五八六頁、同昭和五〇年四月三〇日大法廷判決、民集二九巻四号五七二頁)。

(三)  被告は、酒税法による酒類販売業免許制度が酒税収入の安定確保を図る目的を有しているから、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に合致すると主張するが、右の目的は職業選択の自由を制限する根拠として要求される目的の正当性を充足するものではない。

憲法二二条一項の保障する職業選択の自由は、公共の福祉による制約は受けるとしても、その規制は、社会生活における個人の生命、身体、財産の安全を保障し、経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和するための警察的諸規制及び憲法が全体として企図している福祉国家的理想のもとに積極的に社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図して一定の規制措置を講ずる目的のためにのみ許されるのであって(同旨前掲最高裁判所二判決及び最高裁判所昭和三〇年一月二六日大法廷判決・刑集九巻一号八九頁)、種々の「政策」の名のもとに恣意的、便宜的な制約が許されるものでは決してない。しかして、「酒税収入確保」の目的は、判例上許容される右のいずれの規制原理にも該当せず、むしろ、右の目的は職業選択の自由に対する規制根拠として憲法上許容されるものではあり得ない。その第一の理由は、歴史的沿革にある。職業選択の自由は、自由な経済活動が拘束され租税徴収の目的のため営業が許可制のもとに置かれてきた封建制への抵抗を通して確立されてきたものであり、近代においては憲法の明文規定の有無を問わず、世界の市民社会を支配する普遍的原理である。したがって、租税徴収の確保を目的とした営業の許可制は憲法の基礎とする自由経済と福祉国家の原理とは全く相容れないのであって、むしろ、近代憲法によって打破された前近代的封建的拘束にほかならない。第二に、酒税収入確保を目的とした営業の許可制が憲法上正当なものであるならば、他の間接国税の収入確保を目的とした営業許可制もまた正当視されることとなるが、そうすると、国民の経済活動の殆どすべての領域が徴税対象とされている現在社会においては、国民が従事する殆どすべての職業を国家の許可制のもとにおくことも憲法上許容されることとなり、国民の職業選択の自由は国家の「租税政策」次第でどのようにも左右され、その結果、憲法二二条一項の基本権の保障は空文化されてしまう。

(四)  仮に酒税収入の安定を図るという目的自体が正当であるとしても、酒税法九条一項、一〇条による営業許可制は、その規制の手段、態様において著しく合理性を欠くことが明白であって、右の目的達成のために必要な合理的手段とは到底認められない。即ち、まず、酒税法六条によれば、酒税を納付すべき義務者は酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であるから、酒税徴収確保の目的達成のためには酒類製造者又は酒類引取者を免許制度のもとにおけば足りるのであり、酒税納付義務者でない酒類販売業者を右の目的のために免許制のもとにおかねばならない合理性は存しない。被告は、酒類代金が酒類販売業者から酒類製造者に確実に回収されなければ酒類製造者は納税の負担に耐えられなくなるから、酒類販売業者の経営の安定を図り、また、信頼しうる業者に酒類販売業の任に当たらしめることは極めて重要な要請であると主張する。しかしながら、酒類製造者も一個の企業人として、製造した酒類を販売する相手方の資力、信用については相応の注意を払って取引するわけであり、その能力も有するはずであるから、それ以上に国家が酒類製造者を後見的に保護しなければ酒税収入の安定を害するという事情はない。

また、酒税法一〇条一〇号は、酒類の販売業免許申請者がその経営の基礎が薄弱であると認められる場合を免許拒否の事由として挙げているが、健全な酒類販売業者の存在が酒税収入の安定のため必要不可欠であるとするなら、一旦、酒類販売業の免許を与えた者についても、その後経営の基礎が薄弱となった場合には当然その免許を取り消さなければならないはずであるのに、同法一四条所定の免許取消事由の中には右の如き場合が掲げられていない。そうすると、酒税法の規定自体の上からも健全な酒類販売業者の存在が酒税収入の安定のため必要不可欠であるとの主張は成り立たないというべきである。

更に、酒税法は、酒税徴収を確保するために、酒類製造者に対して申告書提出義務等の諸々の義務を課し(三〇条の二、四六条、四七条、四九条、五〇条の二、五一条、五三条)、その懈怠に対しては刑事罰をも規定(第九章)することによって課税対象及び税額の把握に遺漏なきを期し、また国税庁長官、国税局長又は税務署長は、酒税の保全のため必要があると認めるときは、酒類製造者に酒税につき担保の提供を命じ又はこれに代え納税の担保として酒類の保存を命ずることができる旨を規定している(同法三一条一項)。しかも、酒税は酒類製造者が酒類を移出した月の翌月末日までに納付しなければならないものとされ(同法三〇条の四第一項、三〇条の二第一項)、極めて短期間の納期限を定めて酒類製造者の資産、信用等の変化による影響を受けないよう配慮されている。

かのように、酒税法は、酒類製造者から酒税徴収を安定して確定するため万全の方策を講じているのであるから、それに加えて、酒税納税義務者でない酒類販売業者まで免許制度の規制のもとにおくことは、いわば屋上屋を重ねる無用の措置というべきであって、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。むしろ、逆に、酒類販売業の自由競争を認めれば、その活発な販売競争によって販売量が増大し、酒税収入も増加するはずであり、これは自由競争世界における経験則である。酒税法が酒税徴収の確保を名目として免許制を採用することは右の経験則に反するものであり、この意味においても酒類販売免許制度が著しく合理性を欠くものであることは明白である。

(五)  更に、職業選択の自由に対する規制が合憲であると是認されるためには、規制によって得られる利益とこれによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を比較考量し、なお妥当性が認められることが必要であるが、酒類販売業免許制度は、右の利益考量の要件においても著しく妥当性を欠くことが明白である。

即ち、前述のように、酒税法は酒類製造者から酒税徴収を確保するため万全の措置を講じているのであるから、更に酒類販売業者をも免許制度のもとに規制しても、これによって国家に付加される利益は極めて僅少なものに過ぎない。これに対して、免許制度のもとで不許可処分を受けた免許申請者は、希望する酒類販売業の開業自体が完全に押圧され、その職業選択の自由は全面的に剥奪されるから、その不利益の程度は著しく重大である。

しかも、酒税法は、酒類製造者に関して前述した酒税徴収確保のための諸義務を酒類販売業者に対しても課し(四六条、四七条、五〇条、五〇条の二、五一条、五三条)、その懈怠に対しては刑事罰をも規定している(第九章)。酒税収入確保という目的ならば、右のような営業活動の態様、内容に対する規制手段によって十二分に達成できるから、これを超えて営業活動の開始すら許さないとする免許制度を採ることは、酒類販売業を希望する国民に対して重大な損害を与えるものであって著しく均衡を失している。

(六)  以上の理由により、酒税法九条一項の規定する酒類販売業免許制度は憲法二二条一項に定める職業選択の自由の保障に違反するものであることが明白であるから、第一次及び第二次差押処分は当然無効である。

4  被告は、第一次差押処分につき、原告は既に通告処分を履行したから、右処分の無効確認を求める利益がないと主張する。通告処分の内容及びその履行の状況に関する事実関係(後記二の1の各事実)が被告の主張のとおりであることは認めるが、原告が無効確認の利益を有しないとの主張は誤りである。

即ち、通告処分に対する履行は犯則者が刑罰を避けるために税法が認めた一種の便法であり、行政庁と犯則者との間のいわば私和であってこれにより間接税徴収という最終目的を達成するものではなく、これがためには更に納付した物品につき公売処分を要するところ、原告としては、かかる後続処分たる公売処分により生ずる損害を未然に防止する必要がある。したがって、本件において、原告は、行政事件訴訟法三六条前段の「当該処分または裁決に続く処分により損害を受ける者」に該当するとともに、公売処分を阻止するには現在の法律関係に関する訴えである租税債務不存在確認訴訟ではその目的を達成することができないのであるから、行政事件訴訟における無効確認訴訟の補充性を定めた同条後段の要件をも具備するものである。

よって、原告は被告に対し、第一次及び第二次各差押処分が無効であることの確認を請求する。

二  被告の本案前の主張

1  原告は、昭和五六年九月一八日から同月二九日までの間、松戸税務署管内の柏市花野井字南花崎七一九番地二三所在の駐車場等において、同税務署長から酒類販売業の免許を受けないで不特定多数の客に対し継続して酒類を販売したので、同税務署収税官史は国税犯則取締法二条一項の規定に基づき、松戸簡易裁判所裁判官の許可状の発布を得て第一次差押処分をしたものであるが、東京国税局長は、国税犯則取締法一四条一項の規定に基づき、昭和五七年三月二四日付通告書をもって原告に対し、右嫌疑にかかる犯則事実を理由として、罰金に相当する金九万八〇〇〇円及び書類送達費金六六〇円を白河税務署長に納付すべき旨並びに原告が昭和五六年九月二九日右嫌疑にかかる酒類販売場において販売の目的で所持していたものと認定した第一次差押物件のうち別紙第一差押目録番号一ないし二一の酒類八七六・二三リットルを没収品に該当する物品としてこれにつき納付の申出のみをなすべき旨の通告処分をしたところ、原告は、昭和五七年四月一六日右罰金相当額及び書類送達費合計金九万八六六〇円を納付し、また、同年九月三〇日右没収品該当物品たる酒類につき納付の申出をし、もって右通告の旨を履行した。また、別紙第一差押目録番号二三及び二四の物品については、東京国税局長は、右の通告の旨の履行により第一次差押処分にかかる反則事件が終結したことに伴い、昭和五八年三月二五日付でこれを原告に還付し、さらに同目録二二の物品については、原告は右同日付で所有権を放棄した。

2  ところで、間接国税に関する犯則事件においては、収税官史が犯則事件の調査を終えたときは、その結果を所轄国税局長又は所轄税務署長に報告し(国税犯則取締法一三条一項)、報告を受けた国税局長又は税務署長が調査の結果犯則の心証を得たときは通告処分を行うのを原則としている(同法一四条一項)。しかして、右通告処分を受けた犯則者は、通告処分の内容を履行するかどうかをいかなる強制も受けずその自由意思により決することができるのであり、任意に履行したときは公訴は提起されず(同法一六条一項)、これにより当該犯則事件は終結する。これに対し、犯則者が通告を受けた日より二〇日以内に履行しないときは、国税局長又は税務署長は告発の手続をなすべきこととされ(同法一七条一項)、告発を受けた検察官の公訴提起により事件は刑事手続に移行する。なお、同法一四条一項但書の規定により、没収品に該当する物品について納付の申出があったときは、当該物品を納付したと同一の効果を生じ、その納付の申出により当該物品の所有権は国庫に帰属する。しかして、右により納付を受けた国税局長又は税務署長は、契約担当官に命じて会計法の規定に従って当該物品を売却する(売却に適しないときは廃棄処分される。)こととなるが、これは、徴税目的には関しないものであって国税徴収法九四条以下に規定する公売とは全くその趣旨及び制度を異にするものであり、差押処分の後続処分としての性質を有するものではない。

3  本件において、第一次差押物件のうち没収品に該当する物品については原告の納付申出によりその所有権が国庫に帰属し、没収品該当物品以外の物品については原告に対する還付及び原告による所有権の放棄がなされたことは前述のとおりであり、通告処分の履行とその効果は以上のとおりであるから、原告は第一次差押処分にかかる犯則事件についてなされた通告処分に対し、任意にこれを履行して事件の終結を選んだ以上、もはや第一次差押処分の無効確認を求める法律上の利益を有しないものというべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3(一)ないし(六)及び同4の法律上の主張は争う。

四  被告の本案についての主張

1  憲法二二条一項の保障する職業選択の自由は、すべての人権に内在する内在的制約(消極目的の制限)を受けるほか、積極的な政策目的のための政策的制約(積極目的の制限)を受けるが、右の消極目的の制限については規制の手段・態様においてよりゆるやかな制限によっては規制の目的を十分に達成できないと認められることがその制度の合憲性の司法審査基準となるのに対し(原告引用の昭和五〇年四月三〇日最高裁判所判決)、積極目的の場合は、規制の目的において一応の合理性が認められ、また、規制の手段・態様においてもそれが著しく不合理であることが明白でない限り、その規制制度は合憲である(原告引用の昭和四七年一一月二二日最高裁判所判決)。

2  酒税法の規定する酒類販売業免許制度(同法九条一項)は、「酒税の保全」という基本目的のために「酒類の需給の均衡の維持」を図ることにあり(同法一〇条一一号、一一条一項、一四条及び昭和一三年から施行された酒類販売業免許制度の立法提案理由)、酒税の保全という基本目的は財政政策の一種であるから、酒類販売業免許制度は前述の職業選択の自由に対する積極目的の制限に属する。

国は、国民生活の安定を確保し社会・経済の発展を図るなどの重大な責務を果たすため、これに要する経費を調達しなければならないが、右の経費は租税によって賄われるから、憲法は国の租税賦課徴収権能を認め(八四条、八六条、六〇条)、これに対応して国民の納税義務を明記している(三〇条)。したがって、租税確保の要請は憲法二二条一項の「公共の福祉」に含まれるといわなければならない。しかして、酒税は、昭和二六年度から昭和五八年度まで所得税、法人税に次ぎ租税収入のほぼ第三位を占めるという重要な地位にあるから、酒類販売業免許制度は、規制の目的において一応の合理性はもとより、十分の合理性を有している。

3  次に規制の手段・態様の合理性について述べる。

(一) 酒税法は、酒類販売業の免許を受けようとする者からの免許申請に対し、その許否を決定する権限を税務署長に専属させているが、税務署長の恣意的判断を排除して免許処分の公正が期せられるよう、免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙しており、免許を与えることを原則としている。

原告は、酒税徴収確保という目的のために酒税納付義務者ではない酒類販売業者を免許制度のもとにおくことは合理性がないと主張する。しかし、間接税である酒税の転嫁の過程をみるならば、酒類販売業者は、納税義務者である酒類製造者と担税者である消費者を結ぶパイプ役であり、いわば酒税の間接的な徴収機関といえる重要な地位にあり、酒類製造者としては酒類販売業者から酒類販売代金が確実に回収されなければ納税の負担に耐えることができなくなる。したがって、酒類販売業者の経営の安定を図り、また、信頼しうる酒類販売業者に販売業の任に当たらしめることは極めて重要な要請であって、酒類販売業者を規制することは必要かつ合理的なことである。

また、原告は、酒税法が酒類販売業者に課している帳簿記載義務、申告義務等、営業活動上の諸方策を指摘し、酒税収入確保の目的は右のような規制手段で達成できるから、これに加えて免許制度を採ることは規制によって得られる利益とこれにより被る国民の不利益との均衡を失する旨主張する。しかし、仮に免許制度を廃止するならば、極めて多数に及ぶ全国の酒類販売場の数からしても、また新規参入業者の増加が予想されることからしても、酒類販売業者に対する十分な指導、監督を行うには、行政事務量の増加に伴う多数の人員と経費が必要となることは必至であり、このような行政事務及び財政に対するマイナス要因は極めて大きく、現実にはほとんど実施が困難である。

(二) そもそも、昭和一三年に酒類販売業免許制度が導入された背景には、当時酒類販売業者が乱立して販売競争は激化の一途をたどり、乱売の結果倒産が続出し、ひいては醸造業者もその影響を受けて売掛代金の回収に多大の困難を来たして多数が廃業を余儀なくされ、酒税の滞納割合も非常に高率であったという事実が存在していた。しかるに、右免許制度が導入されて以来、酒類販売業者の経営の安定が維持され、酒税が効率的、かつ、安定的に確保されており、また、新規参入者を厳しく制限することもなく、消費者の需要に対して公正な供給が実現されているのであるが、免許制度のかような実効性、必要性は現在においても何らの変わりもない。

(三) 以上のとおり、酒類販売免許制度は、その規制の手段、態様及び対象において十分の合理性と必要性が認められるのであって、著しく不合理であることが明白であるとは到底いえない。

第三証拠

当事者双方の証拠の提出、認否は、記録の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実(第一次及び第二次各差押処分の存在並びに右各差押処分にかかる物件にについての証憑引継ぎ手続の存在)は、いずれも当事者間に争いがなく、右請求原因2の事実によれば、第一次及び第二次各差押物件に関する権限は被告に承継されたものと認められる。

二  本件訴えのうち、第一次差押処分の無効確認を請求する部分の適法性について判断する。

1  被告の本案前の主張(事実欄の第二の二)のうち1の各事実(第一次差押処分の内容、これにつきなされた東京国税局長の通告処分の存在・内容及び原告による通告の旨の履行の事実並びに別紙第一差押目録番号二三及び二四の物品が原告に還付され、同目録二二の物品につき原告が所有権を放棄したこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

2  国税犯則取締法は、間接国税に関する犯則事件の処理については、事件の調査を終えた収税官史は直ちに告発することなく所轄国税局長又は所轄税務署長に報告又は通報することを原則とし(一三条一項、二項)、これを受けた国税局長又は税務署長は、調査の結果犯則の心証を得たときは、犯則者に対し、その理由を明示し、罰金又は科料に相当する金額、没収品に該当する物品、書類送達費等を納付すべき旨を通告することを原則とし(但し、没収品該当物品については納付の申出のみをなすべきことを通告することができる。一四条一項)、ただ、犯則者に通告の旨を履行する資力がないと認めるとき等は、通告をせずに直ちに告発すべきものとされている(一四条二項)。そして、通告処分を受けた犯則者が二〇日以内にこれを履行しないときは、国税局長又は税務署長は告発すべきものとし(一七条一項本文)、他方、通告の旨の履行がなされたときは、犯則者は同一事件につき公訴を受けることはないものとされ(一六条)、かくして、犯則者が通告の旨を履行したときは、公訴権消滅の利益を受け、事件は終結することとなるのである。なお、右にいう「通告の旨の履行」とは、本来、通告書(国税犯則法施行規則九条参照)に通告の趣旨として記載された罰金相当額等の納付及び没収品該当物品の納付又はその申出を通告書受理の日から二〇日以内に完了することをいうものと解されるが、国税犯則取締法一七条一項但書が右の二〇日の期間を徒過しても告発がなされる前に履行したときは告発の手続をすべきでない旨を規定していることからすれば、犯則者が通告書受理の日から二〇日以内に通告の趣旨を完全に履行しなかった場合でも、国税局長又は税務署長による告発手続がなされる前にこれを完全に履行し終えれば、同法一六条の規定する公訴権消滅の効果が発生し、その時点で事件は終結し、納付の申出のあった没収品該当物品の所有権は国庫に帰属するものと解される。

3  本件においては、東京国税局長が昭和五七年三月二四日付通告書をもって通告処分をしたところ、原告は、同年四月一六日に右通告書記載の通告の趣旨のうち罰金相当額及び書類送達費の納付をし、同年九月三〇日に没収品該当物品の納付申出をしたものであり、右通告書が原告に到達した月日が不明なため右罰金相当額等の納付が二〇日の期間内になされたか否かは不明であり、また、没収品該当物品の納付申出が右期間を経過した後になされたことは明らかであるが、いずれにせよ、弁論の全趣旨によれば、右通告処分にかかる犯則事件については未だ告発手続がなされていないものと認められるから、原告が原告の趣旨を完全に履行し終えた昭和五七年九月三〇日の時点で右事件についての公訴権は消滅し、事件は終結して、没収品該当物品たる酒類の所有権は国庫に帰属するに至ったものと認められる。

そうすると、第一次差押物件のうち別紙第一差押目録番号二二ないし二四の物品を除く物件(酒類)に対する第一次差押処分の効力は昭和五七年九月三〇日に消滅し、後述のとおり、右差押処分に後続する処分というものは存しないから、もはや原告には右各物件につき第一次差押処分の無効確認を求める訴えの利益がないものといわざるを得ない。また、第一次差押物件のうち同目録番号二二ないし二四の物品について、昭和五八年三月二五日に原告への還付ないし原告による所有権放棄がなされたことも前認定のとおりであり、本訴の口頭弁論終結の時点においては右各物品に対する第一次差押処分は存在していないことが明らかであるから、これにつき原告が無効確認を求める訴えの利益はないというべきである。

なお、原告は、通告の旨の履行があっただけでは税の徴収という最終目的を達成したものではなく、これがためには更に納付した物品につき公売処分を要するところ、原告としては、かかる後続処分により生ずる損害を未然に防止する必要があるから、第一次差押処分無効確認の訴えの利益があると主張するが、国税犯則事件の調査及び処理に関する手続は租税徴収を目的とするものではなく、没収品該当物品については通告処分に従い犯則者から納付又は納付の申出がなされ、告発前に通告の趣旨が完全に履行されることによって、その所有権は確定的に国庫に帰属するのであり、その後該物品については、物品管理法等の諸規定により、売払処分又は廃棄処分がなされることとなるが、これらの手続は国税徴収法上の公売処分が滞納処分の一環として同法上の差押処分に続く処分としてなされるのとは基本的に性質を異にするものであって、国税犯則取締法上の差押処分と一連の手続きを構成する後続処分には当たらないばかりでなく両者の間には何らの法的な関連性も認め難いから、原告の右主張は失当である。

したがって、本件訴えのうち、第一次差押処分の無効確認を求める部分は、不適法というほかない。

三  第二次差押処分の無効確認請求について判断する。

1  前記一認定のとおり、第二次差押処分は、原告が酒税法九条一項に違反し、無免許で酒類の販売業を営んだとの嫌疑に基づき、国税犯則取締法二条一項の規定に則ってなされたものであるが、原告は、酒税法の右規定が憲法二二条一項の規定に違反すると主張するので、この点について判断する。

2(一)  酒税法九条一項本文は、酒類の販売業(販売の代理業又は媒介業を含む。)をしようとする者は、政令で定める手続により、販売場ごとに、その販売場所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならないと規定し、同法一〇条はその一号ないし一一号において免許付与の消極要件を定めてこれに該当する場合は免許を与えないことができるとする。

(二)  右の酒税法九条一項の立法目的を見るに、酒類販売業免許制度を定める右規定が酒税法の中に設けられ、また、その免許申請に対して許否を決する権限が税務行政を担務する税務署長に与えられていること、「経営の基礎が薄弱」であることが右免許付与の消極要件とされ(同法一〇条一〇号)、「酒税の保全上需給の均衡を維持する心要がある」場合に右免許を拒否し(同法一〇条一一号)あるいは免許に条件を付することができるとされていること(同法一一条一項)、他にも免許拒否要件を定めた同法一〇条及び免許の取消要件を定めた同法一四条には酒類販売業者に安定した資力と堅実な経営能力を要求することが窺われる規定が存在すること(同法一〇条一号ないし七号、一四条二号参照)、更に後記(五)認定のように酒税法九条一項の規定は、旧酒造税法当時の昭和一三年に同法改正により導入された酒類販売業免許制度を継承したものであるが、右改正法案の提案理由には、酒類小売業者の急増が酒造税の徴収に及ぼす弊害が挙げられていることなどに鑑みると、酒税法九条一項の目的は、酒類販売業者の経営の安定を通じて酒税収入の確保を図ることにあるものと認められる。

(三)  右に見た酒税収入の確保というような国家財政的見地から職業の自由に対し立法による規制措置がなされる場合、その規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる限り、規制の必要性及び規制の対象、手段等の選択に関する判断は立法府の裁量に委ねられており、当該規制措置が著しく不合理で立法裁量の範囲を逸脱したことが明白でない限り、立法府の判断は尊重されるべきものである。

(四)  憲法二二条一項の保障する職業選択の自由は、憲法の明文上も「公共の福祉」による制約を受けることが示されているところ、一般に租税収入は、国が存立し、国民の福祉の確保、増進等を図るための諸々の活動をなすため不可欠の財源であることは言うまでもないから、立法府が租税収入確保のため職業選択の自由に対する制約を内容とする立法措置を講ずることは、憲法上容認される場合がありうるものと言わねばならない。

そうして、成立に争いのない乙第九号証の一ないし三によると、昭和五八年度の一般会計歳入予算額は五〇兆三七九六億円で、うち租税収入予算額は三一兆一二〇億円であるが、租税収入予算額中酒税収入予算額は一兆八六〇〇億円で、所得税の一三兆八〇五〇億円、法人税の九兆四九七〇億円に次いで第三位(消費税中第一位)にあることが認められるのであり、酒税収入は国の重要な歳入財源の一つであることが明らかであるから、酒税法九条一項が主たる目的とする酒税収入の確保は、重要な国民経済上の利益であり、右の立法目的は公共の福祉に合致するものと言うべきである。

(五)  次に、規制の対象、手段について検討するに、酒税の納税義務者は酒類製造者であって(酒税法六条一項)、酒類販売業者ではないから、前記の立法目的からみて酒類販売業者について免許制度を採用する必要性の有無が問題とならないわけではない。しかし、酒類販売業者は、酒類の流通過程にあって実質的担税者である消費者と酒類製造者とを結ぶ役割を担っており、しかも、酒税法二二条、二二条の二の各規定及び弁論の全趣旨によれば、酒税の税率は特に高率であることが認められ、これらの点を考慮すると、酒類製造者が高い税率の酒税義務を果たすためには、酒類販売代金が消費者から酒類販売業者を通して円滑かつ確実に酒類製造者に回収されることが必要であり、そのためには酒類販売業者の経営の安定が無視できない重要な条件とならざるを得ない。仮に、免許制度を廃止し、酒類販売業者が無制限に乱立することとなれば、過当競争からその経営が不安定となり、酒類製造者への買掛金の支払にも支障が生じかねないことは当然予測されるところであって、これを単なる観念論として排斥することはできない。即ち、成立に争いのない乙第一一号証の一ないし五に弁論の全趣旨を総合すると、酒類販売業免許制度の沿革は昭和一三年の酒造税法等の改正に遡るが(酒類製造者については、それ以前から免許制度が採用されていた。)、その際の改正法律案の政府提案理由は、小売業者の増加により、酒類に不正又は衛生上有害な物質が混入され、あるいは値崩れにより販売業界及び消費者に不利益があること、また、酒造税の確保にも不利益が相当あるという点にあったところ、成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし三によれば、当時酒類販売業者の多くが、その著しい増加に伴う適当競争から経営不振となり、その結果、酒造税の納税義務者であった酒類製造業者の売掛代金回収にも多大の困難が生じて廃業に追い込まれる者が多数に上ることとなり、酒造税の徴収にも少なからぬ悪影響が生じていたことが窺われ、前記の政府提案にはそれ相当の理由があったものと認められるのであり、昭和二八年に制定された現行酒税法も右のような事情を踏まえて酒類販売業免許制度を維持・継承したものと解される。そして、酒類販売業免許制度が導入された昭和一三年当時と現在とでは、社会的経済的な諸情勢が著しく変化していることは顕著な事実であるが、右免許制度との関連でみれば、その導入時に認められた前記のような諸事情の存在を否定せざるを得ない程の変化があったとは認めるに足りないのである。

右のとおり、酒税法九条一項が、前記認定の立法目的を達成するため酒類販売業者について免許制度を採用したことも、その必要性と合理性を一応肯認することができ、右制度が著しく不合理で立法府が裁量権を逸脱したことが明白な法規制であると解することはできない(なお、酒税収入確保のため酒類販売業者の営業に何らかの法的規制が必要であるとしても、行政効率、消費者の利便等諸々の観点からしてもなお免許制度が最善か否か、あるいは酒税収入確保の目的達成のためには、免許制度より、緩やかな規制手段で足りるのではないかなどの点について議論の余地があろうが、これらはいずれも立法政策の枠内の問題に外ならないというべきである。)。

3  以上の次第で、酒類販売業免許制度を採る酒税法九条一項の規定は、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反しないから、その違憲を前提として本件第二次差押処分の無効を言う原告の請求は、理由がない。

四  よって、本件訴えのうち、第一次差押処分の無効確認を求める部分は不適法であるから却下し、第二次差押処分の無効確認請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官河村吉晃、裁判官佐藤明は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 友納治夫)

第一差押目録

<省略>

第二差押目録

<省略>

第三差押目録

<省略>

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